大宇宙の法典(EX)の考察

1.はじめに

 前衛的な配置がありながら、案外総合やら笑顔やらマークされることが少ないのが大宇宙の法典(EX)である。全体的に重たくレベル47の体力譜面として認識されているからだろうか。

 だがしかし、本当にそれでいいのか?ド屑(EX)という本譜面の子供のような配置が登場した今こそ目を向けるべきである。なぜその配置なのか。なぜ大宇宙の法典なのか。本記事ではフルバージョンの天庭の歌詞にも着目しつつ、本譜面に隠された意図を紐解くことにした。

 追記:本記事は天庭の歌詞あさき本人へのインタビューを論拠にしている。

 

2.32-35小節目

 

 Aメロに枝の折れた、無慈悲な枯れ木が現れる。

 植物は日光のある方へ伸びる性質がある。この枯れ木もきっと太陽へ向かい伸び続け、道半ばで枯れ果ててしまったのだろう。

 しかしこの枯れ木をみっともない、ああはなりたくない、ダサい、キモい、うんこと嗤うことができるだろうか?私はできない。なぜならこの枯れ木こそが「人間の在り方」そのものを体現しているからである。

 何か目標を成し遂げるには積み重ねの手前、必ず希望が必要なのは周知の事実だ。ただ志を強く持てば持つほど願いは叶う、と妄信してはならない。気持ちはこの世に伝わらないのだ。誰が決めたわけでもない時の運によってどうとでも転がってしまう。どれだけ泥臭く努力しようとも挫折がありうる事実から逃れてはならない。

 しかし、だから夢も希望も持たない方が生きやすいだとか、そのような厭世的な教訓へと歪曲させるのは"逃げ"である。

業火はいつでも貴様らの背中を焼いている

 人間は皆自ずと希望を持ち続け、成功か失敗かのギャンブルを繰り返す。時にみっともない姿で犬死をすることもある。このみずぼらしい趣で屹立した枯れ木のように。食べて寝なければ生きていけぬように。これはそんなゲームだ。これはそんなゲームだ。これはそんなゲームだ。ただその理、いや大宇宙の法典を真正面から受け止めるのだ。

 

3.おわりに

 しかし希望により推進力が生まれ、ここではないどこかへ必ず行けることだけは間違いない。その先がどこであろうとも。

 

 ――その安直な考えはチープシーロマンだ。

はっ!

             ブォン…

 

 あなたは森羅万象に意味を付与することへ強迫的になりすぎています。天庭は天庭、大宇宙の法典(EX)は大宇宙の法典(EX)です。笑顔譜面は笑顔譜面、良譜面は良譜面としておもしろがる、その瞬間沸き起こった情動を大切に抱卵する。そのように楽しむことも必要ではないでしょうか。

 

 ――その安直な考えはチープシーロマンだ。

 

 

 抱卵の仕方も様々です。何も我々は情動を情動として味わうことをないがしろにしているわけではないのです。ただなぜそのように感じたのか解析することもまた味わい方の一つであり、またそこから離れ、このようにただ理屈をこねくり回すことも別の楽しみを生むのです。

 

 

 いや、でも作者はそこまで考えてないと思うよ

 

 うるせえ!踊らされる前に自分から踊れ!周りに迷惑をかけなきゃいいんだよ!

 

 

 

 違う!!緑は馬鹿なだけだ!!

 

 

 

 青なんて暗くて陰険なだけじゃないか!!

 

 

 

 むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ちたまえ君たち